人間の耳は、耳の外側(耳介)から鼓膜までの「外耳」、鼓膜から耳小骨にかけての「中耳」、耳小骨より内側の「内耳」に分けられます。その中で中耳は、耳管と呼ばれる管で鼻内とつながっているため、鼻からの感染が移行しやすい部位となります。中耳炎を引き起こす菌は、まずは鼻や喉で活動、増殖します。これが悪化、進行すると、鼻と喉を連結する耳管にも広がり、中耳に炎症を起こします。
中耳炎にかかると中耳に膿がたまって鼓膜を圧迫するため、多くの場合耳が痛くなり、そして耳が聞こえにくくなります。中耳に膿が溜まりすぎると、鼓膜が破れ、耳垂れと呼ばれる膿が耳から出てくることがあります。
中耳炎には大きく分けて3つの種類があります。それぞれの病気の特徴について説明します。
1.急性中耳炎
中耳炎の中で最も多いのが、この急性中耳炎です。鼻や喉で感染、増殖した菌が耳管を通って中耳に炎症を起こすために発症します。免疫力が未熟で、ウイルス、細菌への抵抗力が弱い子どもに多く見られます。耳痛や鼓膜のはれ、耳垂れ、発熱も起こります。
通常、数日~10日で症状は治まりますが、なかなか全快せず長引いたり、何度も急性中耳炎を繰り返し起こしてしまう「反復性中耳炎」になることもあるので、場合によっては長期的に経過を確認し、治癒に導いていく必要があります。
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正常の鼓膜
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急性中耳炎を起こした鼓膜
2.滲出性中耳炎(しんしゅつせいちゅうじえん)
鼓膜の内側のスペースである中耳の中に、滲出液と呼ばれる液体が溜まっていってしまう病気です。
滲出性中耳炎は、急性中耳炎と異なり、耳の痛みや発熱はありません。しかし、ほとんどのケースで難聴を伴います。この病気も、抵抗力の弱い子供に多く見られます。
症状が軽度のものなら早くて1ヶ月ほどで完治しますが、場合によっては完治まで数ヶ月かかってしまうこともあります。また、急性中耳炎の回復期では通常、中耳腔に溜まった滲出液(膿)は耳管から鼻や喉に流れていきます。しかし鼻や耳の炎症がきっかけで耳管の機能が低下することにより、その治る過程で一時的に滲出液が中耳腔内にとどまったままになってしまい、急性中耳炎の治癒過程で滲出性中耳炎になることもあります。
滲出性中耳炎
3.慢性中耳炎
慢性中耳炎は、別名化膿性中耳炎ともいいます。
幼少期に滲出性中耳炎の治療が十分に行われなかったり、中耳(鼓膜の内側)で炎症を繰り返したりすることで、主に成人以降に発症する慢性の病気です。症状としては、耳垂れや難聴などが主に生じます。耳垂れなどを繰り返すことにより、難聴がさらに進行することがあります。
慢性中耳炎
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上記の3種類の病気について、それぞれの治療法を説明します。
また、当クリニックでは、通常手術時に使われる精巧な内視鏡を使用して、治療後の時間の経過とともに耳や鼓膜の状態がどのように変化・改善していくかを患者様とともに観察していきます。
NAGASHIMA耳鼻科手術用硬性内視鏡
急性中耳炎
子どもの急性中耳炎は、日本耳科学会、日本小児耳鼻咽喉科学会などが作成した「小児急性中耳炎診療ガイドライン」に、その治療方針が細かく記載されています。ガイドラインとは、専門家チームによって作成された、その病気を最も効果的に治療するための“標準的な治療”のことです。当院でもガイドラインに則った急性中耳炎の診療を行っております。急性中耳炎の治療方針は以下の3つになります。
●内服治療
小児の急性中耳炎の場合、鼻水や鼻詰まりなどの鼻症状が急性中耳炎の原因となることが一般的です。よって鼻症状を伴う急性中耳炎の場合、鼻水止めなどの薬を処方します。また耳に痛みがある、鼓膜内に膿汁が溜まっている、膿汁によって鼓膜が圧迫されて腫れ上がっているなど、一定以上急性中耳炎が重症の場合、抗生物質の投与を行います。抗生物質は治療のためには必要十分量が使われるべきですが、耐性菌発生などのリスクを考慮し、可能な限り早期に投与を終了する必要があります。
内服治療
●鼓膜切開
後述の“鼓膜切開について”をご参照下さい。
●鼓膜チューブ留置術
鼓膜が腫れるほどの重度の急性中耳炎を半年に4回以上、または年に6回以上繰り返すような場合(反復性中耳炎といいます)、何度も鼓膜切開を繰り返さないで済むように、切開した穴にシリコン性の小さなチューブを入れ、鼓膜がしばらく塞がらない処置を行うことがあります。これを鼓膜チューブ留置といいます。チューブを留置することによって鼓膜に空気弁が出来、鼻の炎症が耳に届きにくくなります。またチューブを通して鼓膜の内側に空気がある状態を長く保つことができ、鼓膜内(中耳)の発育、成長が促され、中耳炎が起こりにくくなります。必要な患者様には院内での留置が可能です(まれに4歳以上のお子様で、頭部の固定が困難な場合は留置が難しいケースもあります)。チューブの留置期間は、その後の鼻症状の状態によって変化しますが、おおむね半年から1年半の間となります。
鼓膜チューブが挿入された鼓膜
滲出性中耳炎(しんしゅつせいちゅうじえん)
滲出性中耳炎の治療には主に4つの方法があります。
●内服治療
鼻の症状を伴う滲出性中耳炎の場合、鼻炎が滲出性中耳炎の原因となっている場合が多く、鼻炎の治療を行います。また慢性副鼻腔炎がその原因となっている場合もあり、レントゲン検査などで副鼻腔炎が認められた場合、副鼻腔炎の治療を行います。鼻の症状がないにも関わらず、滲出性中耳炎のみ残ってしまう場合がありますが、その場合は保存的治療といい、経過観察だけで1,2ヶ月様子を見て、自然治癒を期待することもあります。
内服治療
●オトヴェント療法(鼻風船治療)
内服治療で滲出性中耳炎の改善が認められなかったり、鼻炎を伴わない滲出性中耳炎の場合、オトヴェントという器具を用いての治療をお勧めする場合があります。オトヴェントは鼻で膨らませる“鼻風船”であり、それを使用することで耳管経由で中耳内に空気を入れることができ、中耳内の換気を促し、滲出性中耳炎を治癒に導くことができます(耳鼻科で一般に行う“耳管通気”と原理は同じですが、必要以上に鼓膜に圧がかからないため安全に施行でき、また自宅で行うことで十分な回数を行うことができます)。鼻炎がある場合に使用すると中耳炎を悪化させる場合があるので注意が必要です。
参考サイト:~安全で楽しい自己耳管通気オトヴェント~
オトヴェント療法
●鼓膜切開
内服療法やオトヴェント療法、その後の経過観察で滲出性中耳炎の改善が認められない場合、鼓膜を麻酔後に鼓膜の切開を行い、鼓膜内の滲出液を物理的に除去することで治癒を促す鼓膜切開術を行うことがあります。
切開した後の鼓膜の穴はほとんどのケースで7日から10日で閉鎖します。
後述の“鼓膜切開について”をご参照下さい。
レーザー切開を行った鼓膜
●鼓膜チューブ留置術
鼓膜に開けた穴がふさがらないように鼓膜にチューブを入れる治療法です。何度も中耳に滲出液が溜まってしまい、その度に鼓膜切開手術を行っている患者に対して行います。そのようにすることで、中耳の中が常に空気に触れている状態を作り出すことができます。中耳に空気があることで中耳粘膜が正常化し、小児の場合では中耳の周りにある乳突蜂巣という骨が発育し、耳が正常に成長します。鼓膜チューブ留置術は耳の穴に麻酔薬を入れ、鼓膜自体に麻酔をかけて行います。チューブは滲出性中耳炎の重症度により、半年から2年の期間で留置します。鼓膜は異物を外部に排出する働きがあるので、まれにチューブが自然脱落することがあり、チューブ留置後は1、2ヵ月に1度の定期的なチューブの確認が必要になります。
鼓膜チューブが挿入された鼓膜
慢性中耳炎
「保存的治療」と「外科的治療」の2種類の方法があります。
●保存的治療
鼓膜の内側で細菌感染が起こると、慢性中耳炎の場合、容易に耳垂れが起こります。その場合耳内の洗浄や抗生剤入りの点耳薬を用いて耳垂れの停止を目指します。症状が強い場合は抗生剤の内服薬も併用して治癒を試みます。
●外科的治療
鼓膜に穴が開いているだけの軽症慢性中耳炎の場合、鼓膜の穴をふさぐ“鼓膜形成術”を行うことにより症状の改善が得られます(耳垂れの頻度が大幅に減り、聴力の上昇が期待できます)。小児期からの滲出性中耳炎が悪化し、慢性中耳炎になったケースにおいては、鼓膜の内側の構造を手術で作り直す“鼓室形成術”を施行する必要があります。ただしそのようなケースでは手術後も感染に対する弱さが続き、手術後再度耳垂れなどの感染症状を起こさずに過ごせる確率は60%~70%程です。
内服治療
成人滲出性中耳炎
成人は小児と比べて免疫力が強く、また鼻と耳をつなぐ耳管の機能も発達するため、急性中耳炎にかかりにくくなります。ただまれに鼻炎から引き続いて起こる急性中耳炎にかかることはありますので、その場合小児と同様に治療を行います。
また、50代以降の方で、年齢的な変化からくる耳管機能の低下により“成人滲出性中耳炎”を発症する場合があります。この場合も急性中耳炎に準じて治療を行いますが、約半数が難治性の滲出性中耳炎であり、鼓膜切開を繰り返しても滲出液の改善が認められないことがあります。数度の鼓膜切開によっても滲出性中耳炎が治癒しない場合、鼓膜チューブ留置術を施行する場合があります。チューブを留置することにより滲出液が貯まることはなくなり、正常な聴力を維持することができます。
成人で発症した滲出性中耳炎のなかには、その病気がごく希に「上咽頭がん」の初期症状であるケースがあります。上咽頭がんが疑われる場合には、鼻から内視鏡を挿入し、上咽頭の確認を行います。
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●鼓膜切開とは?
急性中耳炎に対して長期に抗生剤を使い続けると、抗生剤の効きにくい耐性菌を増加させる危険性があります。抗生剤を使用しても鼓膜内の膿がなかなか無くならない場合は、鼓膜を切開して膿を出してあげることで急性中耳炎の早期の治癒を促し、抗生剤の使用量を軽減できる場合が多くあります。鼓膜切開の傷は1週間ほどで治るため切開を繰り返しても鼓膜への影響はほとんどありません。(まれに1%ほどの確率で鼓膜穿孔が残ることがあります。その場合、中学生頃に鼓膜を塞ぐ手術を受ける必要があります。)鼓膜切開を3、4度と繰り返すようであれば鼓膜チューブを入れることをお勧めします。
鼓膜切開後の注意点(日常生活の注意点)
鼓膜切開後、数日間は血液混じりの耳垂れが続くことがありますが、鼓膜内の膿が切開を行った穴より流れ出ているだけですので心配ありません。出てきた耳垂れを拭き取ってあげて下さい。
切開当日の入浴は問題ありませんが、あまり体を温めすぎず、軽く入る程度にして下さい。また入浴の際に耳に水が入らないように気をつけて下さい(シャワーを普通に浴びるのは問題ありません)。
運動はなるべく控えて下さい。水泳は休みましょう。学校や保育園は切開を行った当日は休ませてあげて下さい。その後は特に症状(発熱や耳痛など)がなければ通園、通学しても問題ありません。
●点耳薬の使い方
点耳薬は1日2回使用して下さい。鼓膜切開の穴は2mmほどの極めて小さな穴です。耳の中に点耳薬を入れるだけでは切開の穴の中までなかなか薬が入りません。点耳薬を耳に入れた後、薬を切開の穴の中にまで押し込むイメージで耳の穴を数回圧迫してあげて下さい。
●レーザーによる鼓膜切開術(鼓膜開窓術)について
当院では、炭酸ガスレーザーによる鼓膜切開装置オトラム(OtoLAM)を導入しています。
OtoLAMは、世界最大のレーザー医療機器メーカーであるルミナス社が製造した最先端の医療機器です。カメラと一体化したハンドピースより極細のレーザーが照射され、安全、正確、確実な鼓膜切開が可能です。
従来のメスを用いた鼓膜切開では、通常4日ほどで切開孔が閉鎖し、中耳炎に対する中耳内の換気効果が不十分になりがちでした。レーザー照射による鼓膜切開では、メスによる切開に比べて切開孔が長く維持され、中耳の換気をより十分に行うことができます。またレーザー照射をテレビモニター下に行い、耳に当てるハンドピースもアームが多関節であるため自由に動き、より安全で確実で迅速な鼓膜切開が施行可能です。レーザー照射は一瞬で終了し、お子様の負担もメスを用いた鼓膜切開に比較して大きく軽減されます。鼓膜麻酔を行うことにより、ほぼ無痛で治療が可能です。
Lumenis レーザ-鼓膜切開装置
OtoLAM
●治療イメージ
モニター下に鼓膜に照射された円状のガイド光を確認し、レーザー切開の位置確認を行います。フットスイッチを押すことで約0.1秒で鼓膜切開が完了します。痛みはほとんど感じません。レーザーは水分に吸収されるため、中耳への悪影響はありません。
レーザー照射イメージ
●実際の症例
投薬治療で治癒しなかった急性中耳炎の小児例(3歳男児)です。
鼓膜麻酔後、レーザー鼓膜切開を施行。
その後中耳の炎症は消退し、鼓膜も閉鎖し治癒となりました。
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レーザー照射前の鼓膜
鼓膜の内側に黄色の膿が貯留しています。
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レーザー照射3日後
鼓膜内の膿は消失していますが、中耳の粘膜の炎症がまだ残っている状態です。
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レーザー照射1週後
中耳炎は完全に消失していますが、まだ小さな鼓膜穿孔が残っています。
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レーザー照射3週間後
鼓膜穿孔も閉鎖し、耳は元の正常状態に戻りました。
- 急性中耳炎で子供が耳を痛がっています。どうすればよいですか?
- お手元に解熱鎮痛薬(カロナール、ピリナジン、アンヒバ、アルピニーなどの“アセトアミノフェン”と呼ばれる薬です)はありますか?まずそれらの薬を使用し、痛みを和らげましょう。それらの薬が手元にない場合は、薬局で販売されている小児用の痛み止めも有効です。また氷をタオルでくるんで耳に当てる“アイシング”も有効です。お子様の耳の痛みは、中耳炎によって鼓膜が急激に膨張して起こることが最も多い原因ですが、早めに耳鼻咽喉科を受診し、病気の確認を行い、その後の治療を受けるようにしましょう。
- 子供が中耳炎の場合、登校登園、お風呂、プール、飛行機は大丈夫ですか?
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- ●登園登校について
- 高い熱があったり、耳の痛みがなければ基本的に登校や登園は問題ありません。他の子供に中耳炎がうつる、ということもありません。ただし体育などの激しい運動は中耳炎の悪化を起こす可能性があるため注意が必要です。また反復性中耳炎といって、急性中耳炎を何度も起こす1、2歳代のお子様の場合、保育園で継続的に細菌感染を受け、中耳炎が治りにくい状況を作っていることがあります。その場合、保育園を休園することで多くのお子様の中耳炎が改善します。難治性の中耳炎の場合、保育園をお休みすることも一つの選択肢と考えられます。
- ●お風呂について
- お風呂で体を温めすぎると、中耳炎の炎症が長引き、治癒が遅れる場合があります。中耳炎の状態が悪い場合はおふろはさっと済ませるのが良いでしょう。
また鼓膜に穴(鼓膜穿孔)が開いていなければ、お風呂やシャワーの水が耳の中に入ってもあまり影響はないでしょう。(鼓膜穿孔がある場合は耳の中にお風呂やシャワーの水をわざと入れないように注意が必要です。鼓膜穿孔があっても入浴自体は問題ありません。) - ●プールについて
- プールに入ると鼻の粘膜の浸透圧が変化し、粘膜の状態を悪化させ、中耳炎や副鼻腔炎を治りにくくさせてしまいます。
軽い鼻炎程度ならプールの影響はあまりないと考えれますが、副鼻腔炎や中耳炎になっている場合はプールを一時的にお休みすることをお勧めします。 - ●飛行機について
- 飛行機が上空から地上に下降する際、鼓膜の内側(中耳)は相対的に陰圧となりますが、耳管が開いて鼻内から空気を取り込むことで中耳内は平圧を保ちます。中耳炎がある場合、鼻炎や耳管機能の低下により、耳管がうまく開かず、中耳炎がさらに悪化する可能性があります。中耳炎がある状態で飛行機に乗る必要がある場合は、ステロイドの飲み薬や点鼻薬を用いて、一時的にでも鼻炎の状態をしっかりと抑えるのが良いと考えられます。
- 中耳炎を予防する方法はありますか?
- お子様の中耳炎は基本的に鼻炎(鼻風邪)が原因で起こります。よって鼻風邪を予防したり、鼻風邪を早く治してしまうことが中耳炎の予防につながります。鼻水が出たら鼻をしっかりとかむ(鼻がうまくかめないお子様は鼻吸引器などで鼻汁を取り除いてあげる)、鼻水が3、4日続く場合は鼻炎止めの薬を内服する、などが有効です。また鼻風邪の予防方法はすなわち風邪ウイルスへの感染を予防することであり、外から帰ってきたら手洗い、うがいをしっかりと行い、食事のバランスに気をつけ、適度な運動を行い、十分に睡眠をとることが大切です。小さなお子様は大人と比較して免疫力が未熟であり、ちょっとした温度変化で鼻水が出たり、ウイルス感染も起こしやすい状況にあります。中耳炎を何度も繰り返すお子様に対しては、薬の力もかりてしっかりと鼻炎をコントロールし、中耳炎を予防することが大切です。
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